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2015年7月31日 (金)

「観国之光」と都見物

※「観光」と「」をつけた場合は、「観光」の用例、もしくは単に「観光」という単語を指します。「」のない“観光”は現在使われている意味での観光を指します。

「国の光」を見出すために、まずどこを観察するか、あるいは主要な観察地域の第一はどこかというと、やはり都を中心とする地域といえるでしょう。実際に都を「観光」するという表現は古くから見られます。

『宋高僧傳』には、「觀光上京」、「觀光兩京」、「京闕觀光人」ほかの表現が見られますし、五山文学では、虎關師錬(1278~1346)の『濟北集』の「觀光上國」、雪村友梅(1290~1346)の『雪村和尚岷峨集』の「京國觀光」ほかの表現が見られます。仏僧の行動ですから、観光を楽しむというようなことを表現しているわけではないでしょうが、その行動の中に観光的な部分が生じていたとしても不思議ではないでしょう。

孟浩然の「送袁太祝尉豫章」という詩に「何幸遇休明 観光来上京」という一節があります。「盛んな時に生きるのはとても幸運なことで、都の観光までできた(休明は、君徳が大きく明らかなこと)」というような意味で、これは都の観光つまり都見物に近いものではないかと思います。

近代デジタルライブラリーで「観光」を検索すると最も古いものとして『作文便覧』(明治10年)が出てきます。その中に次のようなものがあります。

「約農人觀光於上國」

これに関連する文章はくずし字で、今のところ一部しか判読できていないので、内容についてのコメントはできませんが、主体がが「農人」なので、これは都見物ではないかと推察されます。

なお、画像には、元の所有者か誰か読者が書いたメモ書きがあり、「ミヤコケンブツ」とあります。

(2015.7.31)

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