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2015年1月21日 (水)

資料掲載:戦前の京都市観光課の事業

『京都市政史 上』 昭和17年より

 観光事業は国策であり、その目的も政府に国際観光局設置以来度々宣明せられてゐるのであるから、地方自治体としてもその趣旨に基づき事業の遂行に当つてゐる訳であるが、元来国家の行ふ観光事業と、地方自治体の行ふ観光事業との間には多少事業の範囲を異にした点があり、更に又本市はその都市性が斯うした観光都市であるため、自づと事業の主力を異にした處が多い。
 観光事業は之を区分して左記の通り誘致事業、保勝事業、施設事業、助長事業等に分類することが出来るが、その根柢をなしてゐるものは、この地方自治体としての観光事業の範囲と京都の特異性とである。
即ち
 一、外国へ対しての直接宣伝は専ら国家機関が之に当り、地方機関は原則として単独には之を 行はないのが現状である。
 二、従って地方機関としては国家機関により誘致され、既に本邦に渡来したる外人に対し、之をその地方に誘致し、十分なる案内斡旋に努める。
 三、本市は、皇室と最も関係の深い都市であり、又我国古代よりの文化が最もよく保存されてゐる都市である。依て現存の聖蹟史蹟を顕揚し、国粋文化を保存して、広く国民に対し国体明徴、国民精神作興等の精神教化の資材たらしむべく、事業の主点を此處においている。
 四、既述の通り地方自治体として観光事業を創めたのは我国に於ては本市が最初であり、又昭和六年結成された日本観光地連合会が昭和一一年日本観光連盟にその事業を継承されるまで京都市長その会長に推されてゐたため、事業の遂行に当たつても常に全国各地への影響を考慮してゐる。

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具体的な事業の内容は、この『京都市政史 上』や当時の『京都市観光事業要覧』に書かれていますが、「その根柢をなしてゐるものは、この地方自治体としての観光事業の範囲と京都の特異性とである。」とあるように、観光事業は京都市独自のものです。
誘致事業は、上記三に「事業の主点を此處においている」ように国内の観光客が主で、外国人は入国して国内にいる人が対象となっています。例えば、ポスターの掲出は、全国的行い、著名祭事については、近畿地方を主に、中部、中国地方の一部に掲出していたとのことです。

具体的な事業内容は、記載内容が多量なので、掲載は控えます。以下は先の記事の中に掲載したものです。

昭和5年5月に京都市に観光課が設置されました(京都日出新聞5月23日付にも掲載されています)。

その分掌事務は   

一、内外観光客誘致宣伝に関する事項
一、観光客の案内・接遇に関する事項
一、市設観光案内所に関する事項
一、観光施設の充実改善に関する事項
一、観光に関係ある諸業の助長改善に関する事項
一、観光事務の調査に関する事項

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※京都市観光課の事業についての寺前氏のコメントは「「内外」で観光宣伝を行うことの目的は、海外はもとより、日本国内、特に東京で外国人及び外国人ガイドに宣伝することを考えているのでしょう。
法令を作成する仕事にも携わってきましたが、頂いた資料を読む限り、「内外」が第1項にしかついていませんから「観光」は国境を越える移動の意味で使用しているのでしょう。それ以外の項では裸で使っていますが、観光に国内移動の意味が含まれるのであれば、第1項で「内外」をつける必要はないということになり、国の場合は内閣法制局審査が通過しないと思われます。」というものでした。

後半の法的な解釈も含めて、奇異な説明です。後半の説明が論理的におかしいことは、法律の専門家でなくても、論理的な思考ができればわかります。

※「法令を作成する仕事にも携わってきました」とか「日本観光協会の理事をしていました」とかいう言葉は、素人を煙に巻くためのハッタリとしては効果があるかもしれませんが、研究においては全く意味がありません。具体的な情報(資料・史料)とそれに基づく論理的な展開を示すことでしか、それらの経験は意味を持ちません。

※「柳田国男がこういっている」というような記述も、彼がどのような情報(資料・史料)に基づいて言っているのか、それを検証してから使うべき引用です。彼の身近な情報を別にすれば、現在の方がより多くの情報を得ることが出来るといえるでしょう。

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2015年1月18日 (日)

資料掲載:地方観光協会、保勝会 『観光事業の話』 昭和10年4月 国際観光局 より

資料 『観光事業の話』 昭和10年4月 国際観光局

八、地方観光協会、保勝会

 近年殊に昭和五年国際観光局が創設されて以来、国民一般が本事業に注目し、進んで地方観光協会又は保勝会等を設立さるるに至りましたことは喜ぶべきことであります。現在全国を通じて四百に達する盛況であることは前述の通りでありまして、何れも地方に於ける観光事業の発達に努力致して居ります。それがため近来次第にその業績が挙り、各地夫々の色と嗅ひが出て参り、各々特長を発揮するやうになりましたが、之は観光事業上洵に結構なことで将来も益々そういふ風に進んで参るべきであると思ふのであります。尚之等観光機関の統制に就ては目下研究中であります。

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上記の記載内容をみると、地方観光協会等の取組みはそれぞれが独自に行っていたものだということがわかります。

地方自治体の観光課等の部署とともに、連携機関(統制機関ではない)として日本観光地連合会が設立されましたが、それも地方独自の取組みで、後(昭和11年)に、統制機関として設立される日本観光連盟とは、直接の関連はない組織であったことがわかります。、

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※地方観光協会等についての寺前氏のコメントは「私も実態として各地の協会が今日的意味での国内観光を無理に排除しているとは思っておりません。私はその後継団体の日本観光協会の理事長をさせてもらっていましたので、経緯はある程度頭に入っているつもりです。しかしながら、国際観光局が設立され、各地の全国に観光協会が設置400を超えたときに、中央組織を設置したのは、各地の外客誘致がバラバラで、外人が写真の撮る場合に、有料、無料で気分を害するのではないか、更にはスパイ扱いのところも出てきたことがあります。従って協会連合会を作り国際観光局から補助金(当然国際観光のため)を支給することとして整理しました。従って、京都観光協会をはじめ各地の観光協会は外客のために存在したと思われます。その協会が日本人に対しても事実上便宜を図ることはあったと思います。この地方観光協会の存在が国内観光の意味を強くしていったことは十分に想像できますので、戦後復興期以降に観光が国内観光の意味でも使用させることになったのではと思っています。」というものでした。(下線:溝口による)

※いったい何が頭に入っていたのでしょうね。思い込みかな。統制機関として設置された日本観光連盟と日本観光地連合会の活動とは直接の関係はありません。裏付けのないいい加減なコメントです。

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2015年1月17日 (土)

「觀」の意味

「觀」の意味について紹介しておきます。

後漢の時代に成立した最古の部種別漢字字典である『説文解字(せつもんかいじ)』[略:説文]によると次のようにあります。

巻九  見部

觀  諦視也

「諦」は
  つまびらかにすること、明らかにすること
  まこと、真理、またそれをさとること

ですので、「観」は「本質をみる」というような意味で、「観国之光」の「観」はこの意味だと思います。

余談ですが、「観」は、人生観、歴史観などにも使われていますので、ただ見るということではない、ということを小林秀雄が『私の人生観』の中で考察しています。

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