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2015年1月18日 (日)

資料掲載:地方観光協会、保勝会 『観光事業の話』 昭和10年4月 国際観光局 より

資料 『観光事業の話』 昭和10年4月 国際観光局

八、地方観光協会、保勝会

 近年殊に昭和五年国際観光局が創設されて以来、国民一般が本事業に注目し、進んで地方観光協会又は保勝会等を設立さるるに至りましたことは喜ぶべきことであります。現在全国を通じて四百に達する盛況であることは前述の通りでありまして、何れも地方に於ける観光事業の発達に努力致して居ります。それがため近来次第にその業績が挙り、各地夫々の色と嗅ひが出て参り、各々特長を発揮するやうになりましたが、之は観光事業上洵に結構なことで将来も益々そういふ風に進んで参るべきであると思ふのであります。尚之等観光機関の統制に就ては目下研究中であります。

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上記の記載内容をみると、地方観光協会等の取組みはそれぞれが独自に行っていたものだということがわかります。

地方自治体の観光課等の部署とともに、連携機関(統制機関ではない)として日本観光地連合会が設立されましたが、それも地方独自の取組みで、後(昭和11年)に、統制機関として設立される日本観光連盟とは、直接の関連はない組織であったことがわかります。、

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※地方観光協会等についての寺前氏のコメントは「私も実態として各地の協会が今日的意味での国内観光を無理に排除しているとは思っておりません。私はその後継団体の日本観光協会の理事長をさせてもらっていましたので、経緯はある程度頭に入っているつもりです。しかしながら、国際観光局が設立され、各地の全国に観光協会が設置400を超えたときに、中央組織を設置したのは、各地の外客誘致がバラバラで、外人が写真の撮る場合に、有料、無料で気分を害するのではないか、更にはスパイ扱いのところも出てきたことがあります。従って協会連合会を作り国際観光局から補助金(当然国際観光のため)を支給することとして整理しました。従って、京都観光協会をはじめ各地の観光協会は外客のために存在したと思われます。その協会が日本人に対しても事実上便宜を図ることはあったと思います。この地方観光協会の存在が国内観光の意味を強くしていったことは十分に想像できますので、戦後復興期以降に観光が国内観光の意味でも使用させることになったのではと思っています。」というものでした。(下線:溝口による)

※いったい何が頭に入っていたのでしょうね。思い込みかな。統制機関として設置された日本観光連盟と日本観光地連合会の活動とは直接の関係はありません。裏付けのないいい加減なコメントです。

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