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2014年9月18日 (木)

Wikipediaの「観光」を見たら

久しぶりにWikipediaの「観光」を見たら、以前とは中身が変わっていましたが、相変わらずというか、新手のというか、おかしな説明が堂々と記載されていました。(2014.9.8)

(2014.9.18確認->2015.8.8確認(そのまま)の掲載から)

「国会、政府機関の審議会等における位置づけ」 の項

「用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。」

「概念の明確化が求められる法令において観光が使用されたのは、1930年勅令83号国際観光局官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていた・・・。然しこの時に観光に国際をつけたが故に国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。」

「観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。」

※以下抜粋(大半削除)して掲載

以上の記述の根本的な問題

 朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果だけで短絡的にものを言っていること

人流・観光研究所のホームページに掲載されている寺前秀一氏による資料に同様の内容のものがあるので、それが元になっているのかもしれない。(「帝京平成大学紀要」に書かれているものは同じ内容でした。)

[私が問題としてあげたこと]

国としては、外国人観光客の誘致への関心が高いので国際観光に関する「観光」の語の使用が相対的に多くなっていると思われますが、例えば大正期の建議の中に「内外観光者」、「内外人士ノ遊覧、観光ノ目的物」などの表現があるように、国際観光に限定されて「観光」が使われていたわけではありません。国内の観光についての使用は、明治30年代のものが確認されています。

以下(2015.8.8)変更

この問題を指摘したところ寺前秀一氏からコメントがつきやりとりをしました。

そこで判明したことは、次の点です。

●「朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果」といっているが、寺前秀一氏は、検索されたものの内容をきちんと把握していない(読んでいない)

●「あくまで語源の影響を受けて「国」境を超える意味で使用することからはじまっていると仮説を立て主張している」といっているが、語源からは「「国」境を超える意味」は出てこないことを理解していない(この指摘をしたら論点をすりかえようとするコメントをしてきました)

また、やりとりの中で、「もともとの論点は「世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていた」という点を「おかしい」とするもの」であり、国内の観光用例をいくつも示し、論点を戻そうとしましたが、そこを避けるかのように話をずらし論点をすりかえようとしてきました。

朝日新聞の記事だけをみても、国内の観光に使用している例がいくつか確認されており、「観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていた」という説を立てること自体そもそもおかしなものです。

※私が使っていない表現なのに、「内外無差別」と言っているように書いてきたことは、失礼な行為だと感じています。「アプリオリに限定」とい言ってきたことも同様です。なぜ「差別」という表現がでてくるのか。おかしなことです。(「差別」という概念を持ちだしているのは寺前氏です。)

さらに、観光が国際に限定されていたという主張に合わせようと、数々のこじつけを、うんざりしあきれるほど並べてきました(こじつけの内容は別の記事の中に載せておきました)。また、量的にどうとかと、非論理的な主張をして自分の主張を擁護しようとしています。

基礎的な調査・検証を怠り、論理性を欠き、付会の説に腐心する様は、凡そ研究者の姿勢とはかけ離れたものです。

加えて、先般、「JAPAN NOW 観光情報協会」というところで「観光」の語に関する講演をしましたが、明治以降の話に関して。寺前氏は、文脈や紹介した多くの用例等に触れることなく、単にいくつかの用例等をあげ、私が話していない説明をつけています。その説明について批判をしている部分もあり、何ともいいようがありません。改めて相手をするのが馬鹿らしく思えました。

以上から、寺前秀一氏は、今後も目先をころころ変えたりおかしな主張をしたりしてくることは想像に難くないし、信頼性に乏しく、研究者としての姿勢を欠き、やりとりに値しないと判断しました。

ここを読んで意味のあることは、事例(「観光」の用例の資料)だけだと思います。したがって、意味のないものに紙幅(画面)を割くことはやめることにしました。事例は別の記事に掲載します。

どういう問題がありどう判断したかのみをここに残し、他は削除することとしました。

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