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2012年10月 2日 (火)

論文掲載:現在使われている「観光」の語の語源について

タイトルにある論文を「旅と観光研究室」のHPに掲載しました。

  こちら → 現在使われている「観光」の語の語源について

この論文は、既に掲載している‘「観光」の語源について’の元になっているもので、8頁に調整してまとめたものです。掲載したものの内容は、投稿したものそのままです。

また、件の日本観光研究学会に投稿した論文で、まともな学会とは思えない査読結果を見て、投稿を取り下げ、学会を退会するきっかけとなった論文でもあります。それについては、日本観光研究学会退会顛末に書いてあります。

論文の題名については、論旨をより正確に表現するために、「現在使われている」という表現を付け加えています。

論文に書いたまとめとは、表現が異なりますが、要点は次のとおりです。

○現在使われている「観光」の語は、江戸時代に幕府が朱子学を奨励したこと、朱子学が「観国之光」に明確な解釈を与えたことを背景に『易経』の「観国之光」に注目し関心を持つ人が増え、それを表す「観光」の語が使われ広がり始めたと考えられる。

○『易経』の「観国之光」を直接「観光」と表現したものは、朱子『語類』の中に確認され、江戸時代の朱子学の基礎を築いた林羅山ほかが見ていたことが確認され、寛文八年(1668)跋の山形屋からの刊本があることから、「観光」の語は中国で生まれたものの受容とみなすことが適当と考えられる。

○朱子学における「観国之光」の解釈は、『程伝』の「觀見國之盛徳光輝也」であり、この解釈が江戸時代を通じて採られている。したがって、現在使われている「観光」の語の語源の意味を示す場合は、この解釈を紹介することが適切である。

 ※朱子学派以外の人が著した『易経』の注釈書においても、『程伝』にある解釈が紹介されている。

○「観光」の語自体は、江戸時代より前に中国からわが国に入ってきているが、その使用が、江戸時代に「観光」の語が使われ広がり始めたことに影響を与えた形跡は確認されていない。

○四書五経等の古典の中の言葉に注目してそれを使おうとしたとき、まず使われるのが「名前」で、よく知られているのは藩校の名前で、論語や易経からとった言葉が多く使われている。「観光」は「観光亭」、「観光院」、幕末の「観光丸」や「観光館」という名前に使われている。「観光集」等の著書の題名もある。

○古典の言葉が、行為・行動を表現したり、新しい概念を表現したりするもので、一般的な使い道がある場合は、普及する可能性がある。「観光」はその一つだったわけで、もとの「観国之光」、「観国光」という表現とともに地域(国)を観察する行為として使われ、幕末には、秋月の西国優秀列藩の訪問や、福沢の西欧訪問という、国内から海外へ、旅行を伴う行動の中で使われるようになり、言葉の普及とともに使われる範囲が広がっていった。

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