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2012年7月12日 (木)

日本観光研究学会 退会顛末

昨年(2011年)9月、日本観光研究学会の機関誌『観光研究』に、

      「現在使われている「観光」の語の語源について

という論文を投稿しました。このブログに掲載されている、「「観光」の語源について」の元になっている論文です。その査読結果が、なぜか8ヶ月も経ってから送られてきました(2012.6.3着)。

査読結果を読んで、その内容にあきれて笑ってしまったのと、査読審査料1万円も払っているのに、論文をきちんと読まない見識のない人に査読をさせている学会に腹が立ちました。
論文をきちんと読まない査読は、投稿者を馬鹿にしています。これで怒らなければどうかしています。

以前の投稿論文での査読で、非論理的な指摘があり、それに異議を申し立てるという面倒くさい目にあっていることに加え、今回は話にならないほどひどいということで、今後、学会にいて会費を払い続けるのもばかばかしいので、すぐに次のメールを編集委員会に送り、学会事務局宛に退会のメールを送りました。

昨年の9月後半には査読にまわしたことを編集委員会に確認していましたので、これが2、3ヶ月程度で結果が戻ってきたのであれば、きちんと読む人に査読させてくださいと文句をだしたでしょうが、なぜか8ヶ月もたってのことなので、時間が経つことの不利益もあるので、どうしようもないと思ったわけです。

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日本観光研究学会編集委員会 御中

査読結果を受領しましたが、私には理解不能なため、投稿を取り下げます。

特に、論旨と違うことまで書かれている点は、何なのだろうと不思議に思います。
若干の補足修正は必要かもしれませんが、大半についての反論、説明にエネルギー
を費やすことに意味を見いだせません。

追って、学会事務局に通知し退会します。

溝口周道
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この件について、論文と査読内容を掲載して問題を明らかにしてゆきたいと思います。
また、その解説を通じて、私の考え方や、「観光」の語源に関連する補足などを行っていこうと思います。[あくまでも観光学という分野での研究における私の考えです。]
(2012.6.18)

何日か前、検索フレーズにいつもと違うのが並んでいたので調べてみたら、「これかな」と思われるページが出てきました。それは別項に掲載しています。
内容はここに書いた査読と似たようなレベルのおかしなものでした(狢連かな)。
話をつくっていちゃもんをつける、よく似ています。
その人が何らかの形で査読に関わっていた可能性が見いだされました。
事実だとすれば、あきれるしかありませんが、私の論文は、酷い扱いを受けたものだと改めて認識させられました。
それで、退会顛末の記事は、しばらくしたら削除しようと思っていましたが、白紙に戻しました。
(2012.10.12付記改)

※※※※※※※※※※※※※ ま え お き ※※※※※※※※※※※※※

私の仕事は観光地づくりのお手伝いで、プランニングやコンサルティング、関連する調査研究を行っています。観光の振興と相まって、観光(旅行)により人々の生活や心が豊かになり、文化レベルが向上することが大切で、それに伴い観光の社会的な位置づけが向上し、社会の認知のレベルが上がることが、私の仕事のやりがいややりやすさとして跳ね返ってきます。
そのための重要な事柄の一つとして、観光の歴史の研究を行っています。

観光の語源の研究自体は、そのためにはそれほど重要だとは思っていませんが、観光の専門家である一部の大学の先生方を始めとして、多くといってもいいくらいの方が、観光の語源について調べもしないでいい加減なことを書いたりしゃべったりしていることは、観光の社会的地位の向上にとってマイナスとなり、私を含めた観光の専門家の評価にもマイナスに作用するおそれがあるので、それを正さなければいけないと思って始めたわけです。

「「観光」の語源について」論文を発表したことで、その後インターネット上からは、、かなりの部分のおかしな説が消えたことは、大きな成果だと思っています。ただし、すでに出版された文献はそのままですので、この問題についてはしばらくの間アピールを続ける必要があるだろうと思っています。

語源の研究自体は、これまでに培った情報収集能力及び分析能力、ものの見方・考え方(歴史観を含む)をベースに応用しているだけですので、それなりの物理的な時間はかかりますが、研究の苦労はそれほど大したことではありません。ただ、大学の教員等の研究者ではなく民間の一研究者なので、資料があるとわかっていても簡単には見ることができない場合があります。それをどうするか、という点が苦労といえる点かもしれません。それでも、これまでは、情報収集能力を駆使して乗り越えることができました。

例えば、小宮山楓軒の『観光詞翰』という文献は、静嘉堂文庫蔵なのですが、どのようにすれば見られうのかよくわかりませんでした。そこで、水戸藩の方なので、もしかしたら茨城県か水戸市の図書館にあるのではないかと考え探したら、茨城県立図書館にコピーがあってそれを見ることができました。
(2012.6.23)

● 査 読 ●

私自身いくつか査読をしたことがあります。その際、次のような考え方で行っています。
観光の学会なので、観光に関係する論文なのか、という問題が出てきますが、厳密な線引きは難しいですから、曖昧なときはそこは後回しにします。

最初にチェックするのは、論理的に誤りがないか、データ処理に誤りがないかという点です。次に、既往の研究との関係で、既に研究されているものであったり、あるいはそれを踏まえていないものであったりするものをチェックします。言い換えると、新しい知見が得られているかどうかということにもなります。

この段階で大きな問題があれば基本的には不可とします。その時は、観光に関するものかどうかの判断は必要なくなります。経験からいうと、観光研究かどうか疑問を感じるものはここで総て落ちてしまいました。

おかしいと思ったところは、読み返し、必要があれば調べて確認します。統計を扱っていれば、計算し直しておかしいことを確認します。

以上の基本的なところをクリアしていて、特に修正を求める箇所等がなければそのまま可となるわけですが、残念ながらそういう論文には一編もあたっていません。

修正を求める場合、例えば説明の補足を求める場合は、論拠をより明確にしたり、わかりやすい表現を求めたりすることがあります。そのほかでは、資料の取り扱いにおける軽微な誤りなどもあります。年次の表記など数字の部分は誤記しやすいし、そもそも引用した資料が誤植だったというような場合もないわけではありません。内心は「しっかり見直してから提出しろよ」と思ったりするわけですが。そして誤字も修正させますが、万が一自分の知らない用例ということもあるので、難しい場合は辞書で調べることもあります。

大事なのは、新しい知見が得られたり観光研究の発展に寄与したりするなど、価値のある論文かどうかということだと思っています。論理的に問題がなくて、基本的な論述、表記はしっかりしていなければいけませんが、いたずらに些末なことがらにこだわるようなことはしません。そのことによって何がプラスになるかというと、ほとんどないからです。

◇査読者のポジション

査読される論文の著者は、原則としてわからないようになっていますので、立場や地位にかかわらず、誰でも同じように査読を受けます。実際には、参考・引用文献などからわかる場合もありますし、大会で発表した論文が関係していればわかります。
それとは別に査読を差配する事務局に関係していれば、当然わかってしまいます。その関係でちょっとずるいことが行われたことがある、という噂を耳にしたこともあります。

学生のようなまだ駆け出しの研究者等を除いて、それなりの研究者が査読者をつとめるわけですので、基本的には、研究者も査読者も、対等な関係にあるといっていいと思います。

しかしながら、中には、偉いと思っているのか評論家みたいに思っているのかわかりませんが、勘違いしている人がいます。

今回の件の中で、「労作であり」、「力作であるが」といういようなコメントがありましたが、査読としては全く意味のない理解に苦しむコメントであり、付け加えるなら私としては、この程度の論文でそんな風に評価されるような低能ではない、と自負しています。ひとりよがりの失礼なコメントです。(そもそもこの査読者もどきは論文をきちんと読んでいないわけですから、それで「労作」とか「力作」とかいうのもふざけた話です。)
また「人文科学を軽視しがちな観光学の諸研究に」というコメントは、査読として意味のないコメントであることは明かですし、そもそもどこでそういわれているのか、なんで人文科学云々という捉え方をしなければならないのか、これも理解に苦しむところです。評論家もどきのコメントには、何を勘違いしているのだろうと思います。大切なのは、論文として必要なことを満たしているかどうかだけです。

◇迅速性

査読が迅速に行われないということは、学会の質・レベルの低さの現れといえます。その一つは、まともに査読が行われる体制がない、査読を行える見識のある人材が十分でない、ということです。

次に、研究の進展の妨げになることです。それは学会にとってもマイナスであり、査読を受ける研究者にとっても問題です。また、もし公表される前に別のところで似たような論文が発表されたとしたらどうするのでしょう。

今回の件でいうと、昨年(2011)9月に投稿して,その際手続きに齟齬があったので確認したら、投稿手続きはすんで査読にまわしたとのことでした。それが8ヶ月もたって修正の連絡があり、査読結果が送られてきました。そのままやりとりをしたとして、掲載されるのはだいぶ先になると予想され、その時点で馬鹿らしくなってきた、というのが本音です。

◇公平性・論理性

公平性というのは、査読者の個人的な主張、個人的な研究の視点・観点等にもとづいて査読・コメントしてはいけないということです。私の経験からいうと、そのようなコメントは論理性を欠いているように感じます。

以前「「夏はいかにも涼しきやう」の伝統と演出」という論文を投稿したときに、「文学作品を扱った論文は研究の位置づけがあいまいになる」というようなコメントをされました。
まったく非論理的なコメントです。文学作品を扱うことと研究の位置づけは関係がありません。また、研究の位置づけといっても、既に何らかの研究がなされているテーマに沿った論文であれば研究の位置づけをはっきりさせなければいけませんが、そうでなければ、研究の位置づけは、観光研究であるならば、目的と内容がずれていない限り問題はないはずです。

おかしなコメントなので、当然、異議を申し立てたわけですが、それに対して査読の責任者から、「研究者にはそれぞれの’観’がある」という説明があり、私の論文の研究の位置づけが不十分であるかのようなニュアンスのコメントありました。しかしながら、具体的な指摘はないので、何をいっているかわかりませんでした。

この査読の責任者は、以前私が学会の全国大会で「観光の用例」について発表したときに、「そのようなことはもうわかっている。教えてあげる。」というようなコメントして肝腎なことは何も言わなかったので、「この人は何を言ってるんだ?」とおかしく思った人でもあります。

そもそも、「それぞれの’観’がある」ということを査読に認めていることが間違いでしょう。この人は、自分の’観’で、観光の語源について自らの著書に誤りや根拠のないことを並べ立てた人でもあります。

そのときは異議が通り、掲載となったのでそのままにしてしまいましたが、今思うと、査読のあり方について申し立てをすべきだった、と感じます。
実際、現在も、査読の体制や査読の責任者、査読結果についての異議の申し立て先などは明示されておらず、それだけでも大きな問題だと思います。

(2012.7.9)

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続 日本観光研究学会 退会顛末

※※※※※※※※※※※※※ 補 足 解 説 ※※※※※※※※※※※※※

◇「現在使われている「観光」の語」いう表記について

論文のタイトルに「現在使われている」と付け加えたのは、現在使われている「観光」の語に繋がるもの意外にも「観光」のご見出されるからで、単に「観光」の語とすると、それらにも相応に言及しなければならなくなるからです。

例えば、論文中では触れていますが、単に(物理的な)光を観ることを観光と表記する場合があります。また、仏教の中で用いられる観光(光明を観る)というようなものがあります。これらの場合は、特定の言葉として一般に広まることはないでしょうから、現在の「観光」の語につながることはないといえます。

では、『易経』の「観国之光」から生まれたと思われる「観光」の語はどうなのか。これは気をつけて観る必要があります。

それは易経の歴史が関係してきます。

市販の易経を取り上げた本・解説書を見ると、といっても、本によって詳しさはだいぶ異なりますので、いくつも見てみる必要があります。観光の専門家ですから、易経に詳しいわけではないので、易経自体の理解にも必要なことです。そうしなければ納得できる見解は得られません。しかしながら観光の語源について書いたりしゃべったりしてきた主に大学の観光学の先生方にそんなことをしたと思われる人はほとんど見当たりません(ゼロということではありません。

それらの本には、書き下し文(訓読)や簡単な訳程度しかなものもありますが、いくつも見てみると、様々なことが見えてきます。

以下、大雑把ですが。

まず中国におけるものを見てみます。易経の注釈でいうと、おおまかには、漢唐の古注釈と程朱学による新注釈の大きき有二つの時代に分けて考えていいと思います。

古注釈においては、「観国之光」について明確な解釈が示されていません。
国家により儒教が重視され、唐の時代に五経正義(周易正義を含む)がまとめられたことで、固定化、形骸化してゆき、単にそれを暗記し、また、経典の言葉を使うことが教養と考えられるようになりました。その結果、唐の時代には、「観光」の語の使用が多数見られますが、用例を見てみると、濫用されたと思われます。

と書きましたが、逆に見ると、つまり用例の方から見ると、それが易経に由来するものかどうか判断できないともいえます。

唐詩から拾ってみます。

 觀光王庭
 觀光來上京
 觀光初入仕

これらは、易経によると判断して問題ないと思いますが、

 謀己謬觀光
 虎皮羊質也
觀光

などは、易経によるというには、無理があるように思います。

 觀光想韎任

これは解釈が間違っていなければ、韎任踊り(楽)を観賞するというような意味で、現在の観光に近い意味で用いられています。易経の解説書を見ると、現在の観光と同じ意味で用いられていたものがあることが書かれていりものもあります。

これらの「観光」が易経からとった言葉、ないしはその濫用なのか、厳密にはそのことを判断する手がかりとなる資料はありませんが、時代背景から考えると、すべてがとまでは言い切れませんが、その可能性は高いと言えるでしょう。

唐の時代には、仏教が儒教と共存するため、儒仏混淆が起こります。そのような背景から、僧の中に「観光」という言葉を使う人も出てきます。仏教関係の文献の中に易経に由来すると思われる「観光」が出てきます。ややこしい話しですが。

古注釈の時代における「観光」の語は、我が国に、中世に、渡来僧や留学僧などによってもたらされます。「観光」の語が載った文献もいくつか入ってきています。観光を使用した人たちは、それらの人たちやその関係者ということになります。したがって、普及するというような現象は見られません。

新注釈、つまり朱子学による解釈においては、「観国之光」に明確な解釈が示されます。
易経の注釈の中で、「観国之光」を「観光」と表現したものも見られますし、朱子学の解釈を伴った「観光」の使用例も見られます。朱子の『語類』野中に「観光」の表現が見られます。

朱子学自体は、中世に我が国に紹介されますが、本格的に受容され始めるのは、藤原惺窩が出てからで、その弟子の林羅山以降江戸幕府との結びつきを深めてからになります。
林羅山が『語類』を読んだ形跡も残されています。

朱子学における解釈は、このブログの中の観光の語源に関する記事の中でも紹介しています。

したがって、我が国における易経に由来する「観光」の語には、上記のように2つの流れがあるわけですが、現在の「観光」の語につながるのは後者であるということを論文で示しています。

(論文は後日掲載します。)

(2012.7.14)

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続々 日本観光研究学会 退会顛末

※下線を引いた箇所が査読者のコメントです。

序  退会の予感 編集委員会からのメール

2012年6月1日、編集委員会から査読結果についてのメールが届いた。

「なんだ?今頃になって。」
 投稿から8ヶ月もたっている。

■判定:修正が必要

 この時点で、どうしようもない審査結果が送られてくるだろう、と思えてしまう。
 見る前からうんざりしている。
 そして「もうこの学会はやめよう」と半ば決めていた。

第一話 2012年6月3日 査読結果が郵送されてきた 

送られてきた査読結果は2枚ある。

一枚目 「なんかたくさん書いてあるなぁ。」
  「どうしようもないこといっぱい書いて。」
 読まなくてもそういう雰囲気が伝わってくる。

二枚目 個別の細かな修正意見が3件ある。(1枚目の4)に当たる)
まず目に入ったのが、2件目。

  将来 → 招来? 

「なんだこれ。自分の無能を投稿者につけ回しているだけじゃないか。」
ここで腹立たしくなってきた。無能というのは、知らないくせに辞書も引かない、ということ。
「まともな研究者とは思えない。」

  査読への対応を書くとしたら   「修正に値せず」かな。(辞書を引け)

そして3件目。

  補注と参考文献を分けている点について、・・・ やや読みづらい印象を受ける。・・・再考をお願いしたい。  

「なんだこれ。査読者なら執筆要項ぐらい確認しろよ。それともいちゃもんつけてんのかな?」
 補注と参考文献を分けることには疑問を感じていて、以前の投稿で一緒にしたら、分けるように修正意見が来たことがあった。

  査読への対応を書くとしたら   「修正に値せず」かな。(執筆要項を見ろ)

そして1件目。

 他人の論文への批判は、過度に刺激的な表現にならないようにマナーを守ってください。

 「事実を精一杯柔らかくみんなひっくるめて書いたつもりなんだけど。そうでなければ、一つ一つ問題点を具体的に指摘していくことになり、それだけで何頁も必要になるのに。そもそも、論文というレベルのものではないだろうに。」
 長崎が「観光発祥の地」というメッセージを発しようとしていたが、多数の文献等に書かれたいい加減な記述が原因である。ほかにも誤ったメッセージを世の中に広めていることを考えれば、良識があるのなら、きちんと謝罪のメッセージを出すべきであろう。

  査読への対応を書くとしたら   「修正に値せず」かな。(おかしな記述があるのは論文ではない)

 「2件目、3件目みたいなことを書いてくる人にマナーなどといわれる筋合いはないだろう。」

  この時点で、1枚目のひどさが確信された。

第二話 予想したとおりひどい    投稿取り下げと退会通知

1枚目に戻る。判定理由として3件の修正意見が書かれている。
長いし指摘のレベルの低さが透けて見えるから、さらにうんざりする。

 1)「語源」とは「ある単語が、その形や意味で使われるようになるもとの形や意味。また、音韻と意味が結合した由来。」(『大辞林』)とすれば、どこで使われ始めたかということだけでは不十分で、意味としての変遷や使い始めも含んでいると考えられる。

「あれっ。『大辞林』を引いてるよ。丸呑みしてる。この人絶対まともな研究者ではないよ。これは、前半だけ、後半だけ、両者の3つ取り方があるだろうに。というか、その当たりの範囲で色々な取り方があり、それは、単語や状況によって変わってくるでしょう。実際に、語源として書かれているものを見ると、全部を詳しく書いているものはほとんどなく、最初の形だけというのが多いように思える。」

 タイトルにあるように「現在使われている「観光」の語の語源」ということになれば、本論文で扱っている江戸時代の「観光」の意味は、旅行やツーリズムの意味で主に使っている現在とは大きく異なっていると言わざるを得ない。この点を考慮すると、論文内容を大きく変更しないならば、江戸時代とは意味的に異なる「現代使われている「観光」の語・・・」については、誤解を招かないように、時代を指定して、当時の使い方と意味を研究したことが分かるタイトルに変更すべきである。

 ここで、「あきれて笑うしかない。もうやめた」となり、投稿取り下げのメールを送り、学会退会のメールを送った。
 
 もう「こいつ」でいい、
 「こいつ、論文をきちんと読んでないな。それにこれまでに明らかになっている観光の用例について知らないな。素人か?」

 ちょっと落語の一節風に
「おーい、誰がこんなやつ呼んだんだ。なんかわけのわからいことをぶつぶつ言ってるぞ!」 こんな感じですかね。

この論文は、語源そのものを研究したものではなく、語源についての研究であり、「観光」の語源が易経の「観国之光」であると言われているが、明らかになっていない部分、つまり問題点があり、それが語源に関して肝腎な部分であることを指摘し、そこを明らかにしたものである。

研究の背景と目的の中に次のように書いている。
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「観国之光」が「観光」の語源として多くの文献等に紹介されているが、「観国之光」から生まれた「観光」の語が、わが国で使われ広まり始める至った経緯についてはこれまで示されていない。また、『易経』には古来様々な解釈があるが、「観光」の語がわが国で使われ広まり始めた時期に「観国之光」のどのような解釈が受け入れられていたかについても示されていない。「観光」の語源を明らかなものとするには、それら両者について明らかにする必要がある。
 「観光」の語源について上記のいわば肝心な部分が明らかにされていない一方で・・・

 本研究は、以上のような背景のもとに、現在使われている「観光」の語の語源について明らかにすることを目的とする。具体的には、現在につながる「観光」の語が使われ広がり始めた初期の経緯を明らかにすることと、わが国で使われ始めたときの「観国之光」の意味(解釈)を明らかにすることを目的とする。本研究では初期の「観光」の語の用例を扱うが、これまでに江戸時代末期以降のの用例がいくつか紹介されているので、その点を考慮して、扱う時期は幕末までとする。
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現在使われている観光とは意味が異なるのに、なぜか現在の都合で意味が紹介されているという問題点も指摘して、使われ始めた時の意味を明らかにしているのである。

江戸時代の終わり頃からは、「観光」の用例が少ないながらも、既にそれなりに出てきているから、江戸時代に限定したことも書いてある。観光の意味で言えば、例えば、明治中頃の喜賓会の文書を始めとして、遅くともその頃には、現在の観光のような使われ方がされていたことがかなり前から分かっていることは多くの観光関係者には周知の事実である。

したがってそのあたりのことは、観光の用例を集めて調べていけば、より詳細になるだけで、もちろんその研究も大切だとは思うが、本質的なことが変わるわけではない。

あえて「現在使われている」と付け加えたのは、前記の補足解説のとおりである。

  査読への対応を書くとしたら   「修正に値せず」かな。(勉強をして論文をきちんと読め)

   (なんか学生を相手にしているみたいだ)

第三話 さらに追い打ちが

 2)現在使われている「観光」の意味に近い用例の見られる『全唐詩』や『宋高僧伝』等の享受についての分析は、本稿の趣旨からもさらに読み込む必要があると思われる。筆者は『五山文学全集』における「観光」の用例の少なさ、江戸時代におけるその受容の痕跡の見られないことを指摘するが、江戸時代に唐宋または、それ以前の漢詩が広く享受されたのは事実であり、中国語彙の受容を五山経由からのみから論じるのは疑問を感じざるを得ない。五山文学以外の、江戸期の唐宋詩の注釈書や江戸漢詩においては「観光」の語は見られないのかという点に関するコメントの加筆が必要であると思われる。

 読み返すと腹が立ってくるので、本当は顛末記を書くかどうか迷ったのだけど、放っておくのも、自分の研究につばをかけられたままのような気がして放っておけないので書き始めたけど、やはり腹が立つ。

 「馬鹿かこいつは」

 この論文は、用例がどこにあるか・ありそうなのかなどという些末なことを論じているのではない。
現在使われている「観光」の語につながる「観光」の語がどのような背景で使われ始め広がり始めたのか、について論じているのである。

そもそも、『全唐詩』や『宋高僧伝』の享受の中や、江戸期の唐宋詩の注釈書や江戸漢詩などに「観光」の用例があるかもしれない、などということをコメントしてどういう意味があるのだろう。
私には、それらを調べることに意味を見いだせないし、調べる気もない。そこに意味のある何かが出てくる可能性が見いだせないからである。論旨に影響するほどのものは出てこないだろう。コメントする意味がない。むしろ、根拠の希薄なものをコメントすることは論文の質を低下させるものである。

『全唐詩』や『宋高僧伝』の享受と、「観光」という言葉の受容・浸透とは別次元のものである。それらの思想や表現されたものの重要なテーマの中に「観光」という語は入っていない。つまり、それらの中の「観光」の語に注目して広がってゆく可能性はほとんどないと思われる。
『全唐詩』の中で「観光」の語が入った詩は著名なものではない。著名なものなら早くに「観光」の用例として出てきただろう。
仮に、「観光」の語が入った詩について何か書いた人がいたとしても、それが、「観光」の語に注目してその使用の広がりに影響を与えたとみなせるようなものが出てくる可能性はまずない。

江戸時代に『全唐詩』を読んだ人が多数いることは確かであるが、『全唐詩』全体からすれば「観光」の語の入った詩はわずかでマイナーな存在といえるだろう。
確かなのは、『全唐詩』の中の「観光」の語を目にした人が多数いる、というところまでで、それは目にしただけで、その先のことを示すものは何も出てきていないし、状況からの判断としては、出てくる可能性はほとんどない、ということである。
『宋高僧伝』については関心を持って読まれたとはいえないだろう。

本人の知識なのか、読みかじったのか聞きかじったのか、いずれにせよ論理的な思考を欠いた査読者本人の個人的な観点でしかないわけで、些末な知識を持ち出して注文をつけてくるのは、査読者がやってはいけないことである。それを調べることに意味があるという根拠を示さない限り持ち出してはいけない。

史的研究において、「あるかもしれない」ということを言い出したらきりがない。それをいちいちコメントしてたら、それだけで相当な分量になる。だから「馬鹿かこいつは」なんだ。

 考察の視点を次のように書いている。
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わが国に『易経』が伝わっただけでは「観光」の後は広まらない。また、将来された文献の中に「観光」の語があるだけでは文章の中にある単語の一つにすぎないので、そのことだけから広まることはない。「観光」の語が普及するには、『易経』をを学ぶ人が増え理解しようとする人が増えること、つまり、わが国における易学の展開が必要である。そして、「観国之光」の句に注目することが必要であり、そのためには、関心を持つような明確な意味を有することが必要であると考えられる。言い換えると、『易経』の注疏は多数あるが、「観光」の語がわが国に伝わり広がっていく過程で、どのような解釈を伴っていたかを明らかにすることが必要である。
 そこで、わが国における易学の展開の経緯、および易学が広まった時期における「観国之光」の解釈について確認する。
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結論としては、江戸時代に易学が盛んになり、朱子学(『程伝』)が「観国之光」の明確な意味を示したことで、「観国之光」に注目し興味・関心を持つ人がふえたことから、「観光」の語が使われ始め広がり始めた、というようなことを書いている。
朱子学の義理的解釈、つまり易本来の意味を学ぶことによって「観国之光」に注目し関心を持ったことから「観光」の語が広がっていったという結論である。

この説明は不要と思うので書いていないが、江戸時代の儒学教育は、多くの人が学んだことはいうまでもないが、基本的なこととして四書五経の素読、暗誦を行っているが、これは単に読んだり覚えたりするだけではなく、基本的な理解をも含んだもので、そのような背景が幕末(正確には明治初期)まであったのである。

誰が観光の語を使ったとか、どの文献に書いてあったとかから、広がったということではなく、上記のような背景の中で使う人が増え広がっていったのである。
それを確認するために、易経の解説書を10冊以上見たし、当時の学校について書かれたものも見た。

つまり、現在使われている「観光」の語は、わが国では江戸時代に以上のような背景の中で使われ始めたものから繋がるものである、と結論しているのである。

では、江戸時代以前に使われていた「観光」の語は影響していないのだろうか、という問題がある。江戸時代以前の用例を含むもので、比較的広く読まれたものは、刊本の出ている五山文学の一部しか、現在のところ見いだせていないので、これから判断しているのである。
易経の「観国之光」に注目したという事象ほどに注目する要因があるとすれば、それは用例の多さぐらいしかない。たくさん書かれていれば興味を引くはずである。でも、実際には少ない。念のため江戸時代の用例を見ても、五山文学を含め他のものからの影響についての記述はない。だから、影響はない、としているのである。

これまでに見いだせた江戸時代の観光の用例は総て取り上げている。また、この研究とは関係ないが、名所図会や紀行文は多数読んでいる。現在の観光に近い使い方がなされていたならば、そのような文献に現れるのだろうと思うが、その例は見いだせていないない。
「観光院」という学校名の用例は、背景について調べている過程で見いだしたものであり、その点では、仮説が正しかったということに繋がるものである。

今後、もし、あくまでももしの域を出ないが、多数の観光の用例が見いだされて、別の新しい説が打ち立てられたならば、今回の結論が棄却されるだけである。
それが史的研究である。論を立てるための意味のある根拠が示されない、ただ「あるかもしれない」という主張は論外なのである。

そもそも、私の論文では、江戸時代より前の観光の用例からのつながりがないかを検証しているのであり、江戸時代における漢詩の受容を持ち出すこと自体筋が違う。つながりがあるかどうかの検証の対象となる観光の用例を含んだ文献としては、現在のところ、江戸時代に刊本の出ている五山文学くらいしか見いだせていないのである。、

  査読への対応を書くとしたら   「修正に値せず」かな。(勉強をして論文をきちんと読め)  前と同じですね。

第四話  「馬鹿かこいつは」はここに止めを刺す

 3)本論文は「観光」という語の語源についての論考であるが、結論の⑥、⑦は、この語の利用の広がりについて論じている。もちろん、著者の述べるとおり『程伝』からの直接の影響という考え方もあるが、日本の近世期の出版事情を考えると、「節用集」に代表される辞書類に観光の語が見られる可能性がないのかといった疑問が生じる。そういった書籍の中に「観光」の語がある場合、近世後期に頻出する「観光」の語は、『程伝』からの直接の引用というより、『程伝』を引用した辞典類を経由して広がる可能性がある。本論文はこれ自体で完結した力作であるが、こういった点にまだ今後の課題が残されていると考える。それについて,結論で短くでも触れておくべきではないかと考える。

 「また、些末な知識が出てきたよ。それより

 著者の述べるとおり『程伝』からの直接の影響という考え方もあるが、 
 『程伝』からの直接の引用というより、

って、そんなことどこに書いてあるんだ。勝手につくっていちゃもんつけてどうしようっていうんだろう。」

 再び「おーい、誰がこんなやつ呼んだんだ。なんかわけのわからいことをぶつぶつ言ってるぞ!」 

 「節用集」に代表される辞書類に観光の語が見られる可能性がないのかといった疑問が生じる。

 「辞書は見るべき場所がわかるのだから、見ればあるかどうかわかるだろう。2,3個見てから言え。」(見落としがなければ。私が見た『節用集』には「観光」なかった。)

辞典類は時代をさかのぼりながら調べているが、今のところ確認できた最も早いものは明治37年のものである。勿論総てを調べきれるわけではないが、その前のものには見つかっていない。江戸時代の辞典類に載っているととすれば、明治の早い時期から辞典類に載っていてもいいと思うが。

そもそも、辞典類から言葉が広がることってあるのか。普通は言葉が広がってから載るだろう。

「止めを刺す馬鹿さだな。」

  査読への対応を書くとしたら   「あなたは査読者として不適格です」 (これしかありません)

跋  何を読んだんだろう  理解不能

いったいこの査読をした人は、いかなる見識を持って、またいかなる能力の自負をもってこの査読を引き受けたのだろう。そして、どのような読み方をすればこのような査読結果が出てくるのだろう。そして、査読の責任者は、いかなる見識を持ってこの査読結果を私に送りつけたのだろう。

実名を揚げて、説明願いたいものです。

                                     「いまさらどうでもいいか」

さて、査読の判定理由の冒頭

判定 

b.修正要求(修正意見における指摘事項を適切に修正すること)

 「修正すべき修正意見はありませんでした。個人的にはもう少し説明を加えた方がよいかなと思う箇所はありますが、論文の本筋・核心には影響ないので、全体を偶数ページ数にしてページ内にうまく収めるために、そのままにして投稿しました。ページ数が増えれば負担金が増えるので。私は給料をもらって研究できる立場ではないので。」

判定理由

 本論文は、「観光」の語源について広く歴史的資料にあたって、多くの用例を蒐集し、それらの詳細な検討を通じて我が国における「観光」の語の広がりを検討した秀作であり、その個々の用例に対する分析や「観光」の語の意味の変遷と受容に関する叙述も、おおむね首肯できる内容となっている。人文諸科学を軽視しがちな観光学の諸研究に一石を投じる力作であり、既存の著作、研究論文を超えて新たな知見を見いだし、論拠を明確にした研究論文として高く評価される。しかしながら、本論文はまだ若干の修正の余地を残しており、以下の諸点についての検討、修正が必要と判断される。

 私の論文は、

 「観光」の語源について広く歴史的資料にあたって、多くの用例を蒐集し、それらの詳細な検討を通じて我が国における「観光」の語の広がりを検討した

ものではありません。これは既に書いたとおりです。

この方は、いったい何を読んだのでしょうか。それで、

  「私には理解不能なため、投稿を取り下げます。」

という、先に掲載したメールの文になるわけです。
査読に回されてから8ヶ月もたっていることに加え、反論を書いて出しても、このような査読をする人を相手がまともな判断をするとはとても思えないから、取り下げることにしました。

そして退会しました。。

付記

「馬鹿かこいつは」ということに変わりはないですが、いかなる読み方をするとこのような査読結果が出てくるのか、疑問の残るところです。単にいい加減なら、もう少し雑な書き方になるはずです。

そこで、勝手な推論をしてみました。

査読者は、はなっからいちゃもん(注文)をつける箇所を目を点にして探していた。だから、全体に目を通してはいたけど、論文の本筋、全体が見えなかったのではないかと思います。
そして、目に付いた点について、ここぞとばかり、些末な知識を動員していちゃもんをつけてきた。そして、全体を、まともな査読風に書き上げた。そのため、論文の本文を見なければ、まともな査読をしているように見えます。

こんなところではないでしょうか。理解できるとしたら。

でもレベルが低いから、いちゃもんをつけられるような能力を持ち合わせていないから、無理があります。だから、「こいつ馬鹿か」にしか見えません。

 「もっと勉強して、頭を鍛えてからかかってきなさい。」(笑)

 「しかし、くだらないことを仕掛けてきたものだ」(笑)

 人文諸科学を軽視しがちな観光学の諸研究と書いているが、それはおまえのことだろう。科学に求められる論理的思考を欠いている。

そういえば、だいぶ前の論文で、大学の先生方が本に書かれていることを「おかしい」のでは、という発表をしたことがありました。何年か後の学会で別の発表をしたとき、たまたま批判したうちの一人が私の発表の時の司会になりました。
なぜか司会のくせ長々とコメントしてきて、本質的なことにコメントできないから、言うに事欠いて「おわりに」に書いたことにコメントしてきました。スペースがあいたので、埋めるために付け足しに書いたのに。
「それ、おわりになんで研究とは直接関係ないんですけど」と言おうと思いましたが、発表の時間がオーバーしていたのでやめました。
似たようなことかもしれません。同じような体質の方がいるのでしょう。

観光研究を進展させる、という理念のない査読は意味がありません。
この学会の査読には、最低限のガイドラインが必要な気がします。

新年度から、査読審査料が無料になりました。投稿を促すためとかも理由の一つのようですが、以前無料だったときは、程度の低い論文を平気で投稿してきたり、査読で指導してもらおうとする輩(学生)があったりと問題があったので有料にしたはずです。

査読のない全国大会の発表には12,000円払ってたくさんの人が論文を出しています。
レベルは?というものが多すぎますが。

結局のところ、大学の先生方で、模範となる投稿論文を出している人がほとんどいないこと、学生についていえば、指導教官のレベルが低いこと、加えて査読をする人に勘違いをしている人が多いことなどが原因なのではないかと感じます。

学会が大学の先生方のマスターベーションの場、対外的に見せかけの業績を示し地位を保全するための場で終わらないことを祈ります。

私は、そのような大学の先生方とは別の世界の人間です。
これで、晴れて日本観光研究学会と決別です。

(2012.7.14)

後日記

論文を掲載して思ったのだが、私の論文をそのまま学会誌『観光研究』に掲載したら、学会の研究レベルの評価を下げることになるのだろうか、ということである。

では、私の論文が掲載されたとして、査読の内容を「討議」として投稿したらどうだろうか、ということである。

掲載されることはないはずである。なぜなら、論文をきちんと読んでいないのだから。
掲載したとしたら、ここに書いたような内容のことを丁寧に書いて叩くことになるし、結果として、学会のレベルに疑問を感じさせることになるだろう。

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